〈ムーンライトながら〉は、かっては東京発の大垣行夜行普通列車だったのです。
この電車、夜行列車にもかかわらず、シートは硬く、背もたれもほぼ直角という、いまでは考えられないシロモノで、お世辞にも熟睡できる電車ではなかったのです。
青春18切符もない時代、この列車に乗って終点の大垣まで行く酔狂な乗客は、たいてい東京から西に帰省するビンボー学生。
乗客が寝入ったスキにアミ棚の荷物をねらう輩も多く、日本一盗難の多い列車ともいわれていたほどです。
ところが、国鉄がJRになり、〈ムーンライトながら〉というハイカラな名前に変わると、座席は特急型のリクライニングシートにグレードアップして、寝心地はずっとよくなったただし、盗難が多いのはあいかわらずといわれます。
アミ棚にはくれぐれも注意のこと。
しかし、そんないっけん優雅になった〈ムーンライトながら〉でも、じつは毎夜、次のような二大バトルが繰り広げられています。
そのため、小田原より西に向かう乗客で、小田原までの指定席券を取りそこねた乗客は、23時台に出る東海道本線の普通列車に乗って、小田原まで先行することが多い。
最初のバトルは、この小田原駅で起きる。
小田原駅で〈ムーンライトながら〉の到着を待ち構えていた人々が、小田原から一部自由席になる座席をめざして、猛烈な席取り合戦を繰り広げるのです。
時刻は午前1時4分から6分の間。
指定席券を手に入れて、東京から〈ムーンライトながら〉に乗っていた乗客は、そろそろ眠りにつく時間帯だが、たいていこの騒ぎで目がさめてしまうのです。
さて、もうひとつのバトルは、終点の大垣駅で発生します。
ここで時刻表を見ていただきたい。
東京から終点の大垣をめざす乗客で、〈ムーンライトながら〉の指定席が取れなかった人は、品川発23時55分の〈臨時大垣夜行〉に乗ることが多い全車自由席、運転日注意。
この列車は、品川駅を〈ムーンライトながら〉より2分遅れで発車するのだが、途中の豊橋で〈ながら〉を追い越してしまいます。
そして、〈ながら〉より10分早く大垣に到着してしまうのです。
両列車とも、大垣から別の列車に乗り換えるつもりでいる乗客がたくさんいるが、乗り換え列車の席取りで有利なのは、いうまでもなく10分早く大垣に到着している〈臨時大垣夜行〉の乗客です。
そのことを知っている〈ながら〉の乗客は、大垣駅に到着してドアが開くやいなや、乗り換えホームに向かって猛然とダッシュします。
このときのバトルが、小田原とは比べものにならないくらい壮絶なのです。
というわけで、この席取り合戦に自信のない人のなかには、豊橋で〈ながら〉から〈臨時大垣夜行〉に乗り換え座れることを確認してから、ひと足先に大垣駅に到着するという奥の手を使う人もいるらしい。